SEGAはいつだって10年早い ー 時代を先取りしていた【横浜ジョイポリス】のマップ復元&アトラクション紹介 ー 今はなき遊園地のマップ復元シリーズ7

2018年7月22日

横浜ジョイポリスのマップ末期

こんにちは、ricebag(@ricebag2)です。

この記事では、かつて横浜・山下公園近くにあった屋内アミューズメント施設「横浜ジョイポリス」のマップを復元して掲載するとともに、各アトラクションの詳細情報をご紹介していきます。

横浜ジョイポリスは国内9箇所に展開されたジョイポリスの記念すべき1号店。その様子がどんな感じだったのか、詳しくご紹介していきますよ。2017年に大流行した「アレ」を1994年にアトラクション化していた、時代を先取りしすぎることで有名なSEGAらしいアトラクションも出てきます。

 

この記事を読むとわかること

 

  • ジョイポリスとは一体何だったのか、セガは何をしようとしていたのか
  • 10年どころか23年早過ぎたアトラクションの正体とは!?
  • 実はUSJ「ハリポタ」の原型となったアトラクションも!????

 

 

 

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1. ジョイポリス黎明期~SEGAにとってジョイポリスとは何だったのか

時は1994年7月。横浜市中区新山下という、山下公園から南東方面へ向かったところにジョイポリス1号店が誕生しました。

山下公園の反対側であれば「みなとみらい地区」という先進的な雰囲気の町並みなのですが、こちら側はややひっそりとした雰囲気。

その中に突如、倉庫状の建物がたち、しかも中身はゴリッゴリの最先端アミューズメント施設という、周囲の雰囲気には相容れない異質なものが出来上がりました。

山下公園は言わずとしれたデートスポット。中華街や山下公園から流れてくる客を狙ったのだと思われますが、当時は石川町駅から徒歩20分弱かかり、中華街・山下公園からは駅と反対方向に歩かないと着かないという悪立地。

ちなみに、オープンから10年後の2004年にみなとみらい線元町・中華街駅が開業。駅徒歩8分の好立地となりました。

SEGAは10年早すぎる!!

もちろん、横浜ジョイポリスは2001年に閉店済みです。

 

さてさて、SEGAにとってジョイポリスは、ゲームセンターの未来を創り上げる実験店舗としての役割があったと思われます。

例えば、あるアトラクションでは考えられる最新の技術を搭載しつつ、ゲームセンターに設置することも考えてなのかソフトを変更できるように設計していました。

汎用機を買って設置しただけの、敷地さえあればどこのゲームセンターにも設置できるアトラクションもありますし、ゲームの世界をそのまま現実化したかのようなアトラクションもあります。

10年先のゲームセンターを見据えて、アトラクションを作っていた。

世間の10年先を行くSEGAにとって10年先ということは、我々人類にとっては20年先を意味します

だからこそ、超先進的アトラクション満載のパークができあがったのです。

 

 

2. 横浜ジョイポリスのマップを復元!

それでは、横浜ジョイポリス営業当時のマップを復元していきます。

まずは古めのものから。

横浜ジョイポリスのマップ古いの
横浜ジョイポリスのマップ。おそらく1996年11月~12月頃のものです。開業3年目、やや人気に陰りは見え始めつつも、まだ活気があった頃です。

このマップ左上が結構わかりやすいのですが、実はジョイポリスにはそこそこしっかりとした設定がありました。

B.U.R.P.という装置が時間と空間を制御し、様々な世界を出現させてしまった。B.U.R.P.(エスカレーター周辺)を通過することで、様々な世界へと行くことができる。

多様な作品世界をリアル化してしまったことに対する雑な言い訳っぽい設定ではありますが、当時のジョイポリスはまだしっかりと「テーマパーク」だったのです。

エントランスもわざわざ遠回りするように作られていて、そこに日常とジョイポリスの世界とをつなぐ「ワープチューブ」という未来的な空間が広がり、未来型テーマパークに入る高揚感を煽ってくれていました。

 

裏面はこんな感じです。

横浜ジョイポリスのマップ古いの裏面
横浜ジョイポリスのマップ裏面。裏面にも簡単なマップがあります。その他、館内からのシャトルバスの情報、料金情報など。

セガマガジン」というわずか2年弱しか持たなかった雑誌の広告が切ないです。「セガサターンマガジン」がありながら、同時期になぜ新たにセガマガジンを立ち上げたのかは謎。

パスポートは当初はなかったのですが、95年~96年頃に設定されたと思われます。当初は3,800円、96年頃に3,600円になり、2000年には3,400円になっていました。ジリジリと値下げされているのが悲しい。

また、関内駅とを結ぶシャトルバスの時刻表が書かれていますが、平日のシャトルバス時刻表が消されていることから、平日の集客に相当苦労していたことが伺えます。

 

続いて末期のものも掲載しておきましょう。まずはマップ。

横浜ジョイポリスのマップ末期
2000年頃と思われる、末期のジョイポリスのマップ。もはやテーマなんて関係ねぇ状態に陥っています。

この頃は、ヒロミのプロデュースによりH.factoryというサブタイトルを付与されています。

大型アトラクションの更新はなく、プールバーが追加され、ややアメリカンポップな雰囲気になったのが違いでしょうか。

裏面はこんな感じ。

横浜ジョイポリスのマップ末期裏面
2000年頃のマップ裏面。パスポート料金は3,400円まで値下げされています。

だいぶ切ない感じになりつつあります。シャトルバスは既に無く、料金も値下げ。末期も末期の対応ですね。

 

 

3. 横浜ジョイポリス営業当時のアトラクション紹介

それでは、マップに掲載されているアトラクションをいくつかご紹介していきましょう。

 

3.1 レイルチェイス・ザ・ライド英雄復活編

レイルチェイスというのは、トロッコで疾走する映像の中プレイするアーケードゲーム。

その世界を再現ということで、屋内型コースターが設置されていました。

東京ジョイポリスにもほぼ同型があったのですが、ゲーム内容が大幅に異なり、東京版は近未来的な雰囲気で消火活動をするゲーム、横浜版は砂漠の中の遺跡のような雰囲気で魔王を倒すゲームでした。

屋内型コースター+ゲームと言うと、富士急ハイランドのゾーラ7などを思い浮かべますが、出来はレイルチェイスのほうが断然上。

かなりしっかりとしたドロップが2つほどあり、ミニコースターらしい「落ちていく感」を味わったあとは急旋回を繰り返しながら暗闇の中へと入っていきます。

暗闇ではライド正面のスクリーンに魔王が映し出され、ひたすらコントローラーのボタンを連打。しばらく戦っていると魔王に押し返され、コースターは後ろ向きに走り始めます。

そのまま後ろ向きに爆走しながらちょっとしたドロップや急旋回を経て、再度魔王と対戦。ここで魔王を倒しきることができれば無事クリアとなります。

クリア記念はプレイ写真入りの「勇者の証」。

ドロップあり、急旋回あり、バックで爆走あり、さらにそこそこしっかりとしたゲーム要素あり、とかなりよくできたアトラクションでした。

 

3.2 VR-1

なんと1994年に設置されていた世界初のVRアトラクション

メガ・バイザー・ディスプレイと呼ばれる当時としては軽量のヘッドマウントディスプレイを装着し、前後左右上下全方向を見ることができるシューティングアトラクション。

さらにライドも映像に合わせて揺れるシミュレーションライド。

敵に視線を合わせてボタンを押すことで、撃墜していくゲームでした。

これ、2017年の第2時VRブーム時に設置してもなお先進的なやつですよ。

23年早すぎた!

ライドがオープンで、簡易的な機構になっているあたりはゲームセンターへの設置を意図してのものか。

また、結局プレイできたソフトは1本だけでしたが、ソフトの換装も可能な仕様。

いろいろとハイクオリティすぎる…。

ちなみに、ナムコ・ナンジャタウンにも1996年設置のファイヤーブルというヘッドマウントディスプレイを使うVRシューティングアトラクションがありましたが、あちらはライドが動かず固定だったはず(記憶が定かではありませんが)。

 

3.3 アイマックスライドフィルム

巨大スクリーンでおなじみアイマックス。その映像システムにモーションライドを組み合わせたものが、このアトラクション。

スクリーンはドーム状になっていて、その中にライドが入り込んでいるかのような感覚で、没入感が極めて高いのが特徴です。

実は、ドーム状のスクリーンに揺れるライドが入り込み、視界全面が映像になるというシステム、あのUSJの世界最高アトラクション「ハリーポッタ・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」でも使われているんです。

東京ディズニーシーにもできる「ソアリン」や富士急ハイランドの「富士飛行社」も同じような映像システムですね。

アイマックス社のシステムそのまま買って設置しただけとはいえ、これに目をつけたのはさすが。

やはり10年以上早すぎます。

ちなみにソフトはジェットコースター的な内容でした。カオスな空間を爆走するコースターに乗っている感覚を体感。ドロップなんかは映像のおかげで本当に落下しているかのような、胃が浮き上がるような感覚を疑似体験することができました。素晴らしい出来栄え。

 

3.4 マッドバズーカ

いわゆるダッジェムカーの変化型。

2チームに分かれて、車から発射するボールを相手チームの車の的に多く当てたほうが勝ち、というゲーム。状況によっては個人戦モードで周囲全部敵、というゲームシステムのこともありました。

車内には運転操作の他に、ボールを発射するボタンとその方向(上下のみ)を決めるレバーがあり、うまく運転して相手の前に回り込み、さらにうまく的を狙って撃つ必要がありました。

ボールはそのまま地面に散乱しますが、その上を通過することで残弾を補給できる仕組み。

類似アトラクションは、ディズニー・クエストなどにも設置されていました。

横浜ジョイポリス「マッドバズーカ」スコアシート
マッドバズーカのスコアシート。プレイすると必ずもらえます。左がチーム戦モード、右が個人戦モードのスコア。SEGAの印字がありますので、システム自体はSEGA製ですね。

 

3.4 ゴーストハンターズ

背景にはリアルにおばけが出てきそうなセットがあり、それを見ながら進む「ホーンテッド・マンション」のようなアトラクション。

ただし、お化けはライドに設置されたフロントガラスに映し出されます。

そのお化けを銃で撃ち、スコアを競うゲーム。

まさに拡張現実(AR)そのものといった、非常に良くできたアトラクションでした。

ネオジオワールドつくばなどにも設置されていましたので、汎用品なのか、あるいは他販していたのか。

 

3.5 サウンドホラーアトラクション

グランディッシュの館」は遊園地などにも設置された汎用品。骸骨に手を置いた状態で、耳元で繰り広げられるホラーな音を暗闇の中で楽しみます。骸骨は心拍数を計測しているので、体験後はその結果を印刷してもらうことができました。

聖サスペリオ女学院」もやはり遊園地などにも設置された汎用品。ヘッドホンを付けてサウンドを聞きながらお化け屋敷の中を歩いて回る、次世代型ウォークスルーアトラクションでした。

この2つは、「ファイヤープロレスリング」や「クロックタワー」などで知られるゲームメーカーヒューマン株式会社製です。

マーダーロッジ」はおそらくSEGAオリジナル。居合わせた8人が惨劇に見舞われるという事態を、3D立体音響だけでなく風などの演出も使って体験できます。その後、遊園地などにも同型機が設置されました。

マーダーロッジはその後、リング版3D立体音響アトラクションへと改変されています。なぜかセットはそのままに…。

 

3.6 フォーチュンミュージアム

こちらは完全なSEGA製。

絵画の飾られた空間で心理テストに答えていくと、最後に診断結果が渡されるウォークスルータイプのアトラクション。

ジョイポリスには似つかわしくない落ち着いた空間でしたが、それゆえに人気もイマイチ。なはずなのですが、現在でも東京ジョイポリスにはフォーチュンミュージアムの進化版アトラクションがあります。謎。

横浜ジョイポリスのアトラクション結果シート
フォーチュンミュージアムとグランディッシュの館の結果シート。フォーチュンミュージアムは裏面にSEGA Enterpriseの印字がありますが、グランディッシュの館にはありません。後者は遊具会社が作った汎用品ですね。

 

 

4. 横浜ジョイポリスのその後

結局、横浜ジョイポリスは思ったように集客がうまく行かず、2001年に閉園してしまいます。

跡地は現在はマンション。

 

国内に多数展開されていたジョイポリスは、今では東京ジョイポリス1店舗に集約されてしまっています。

最終的には、やはり規模の大きい店舗だけが生き残った形。

わざわざ建物を立てて作った横浜ジョイポリスよりも、ショッピングモールの中に入った東京ジョイポリスのほうが断然規模が大きかったんですよ。不思議なことに。

 

なぜ規模が大きくないと生き残れないのか、という話は新宿ジョイポリスに関する記事に書きましたので、あわせてご覧ください。

 

 

5. 次に読むのにオススメの記事

同じく短期で潰れてしまった屋内型アミューズメント施設に関する記事をいくつか執筆しています。

ソニーのアイデアが詰まった「メディアージュ」についてはこちらの記事

ゲーム会社SNKの浮き沈みに伴ってわずか3年で閉鎖された幻の施設「ネオジオワールド 東京ベイサイド」についてはこちらの記事を御覧ください。

 

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こちらを眺めていただいて、気になる遊園地がありましたら個別の記事も是非読んでいかれてください!