「ソアリン」新設に見る、東京ディズニーリゾート経営戦略の危険性



こんにちは、ricebag(@ricebag2)です。

この記事では、2019年夏に東京ディズニーシーに新規オープンする「ソアリン: ファンタスティック・フライト」の概要と、そのアトラクションを設置するという運営会社の経営戦略について考察していきたいと思います。

ソアリンは素晴らしいアトラクションではあるのですが、これを2019年に作ろうという発想がヤバい。その理由を詳しくご紹介していきます。

 

ソアリンの概要をご存知の方は、以下の目次を開いて頂いて、長~い前置きは飛ばして3.からお読みください。

 

 

1. ソアリンは古い

ソアリンというのは、超大型ドームスクリーンと吊り下げ型のライドを使って、あたかも空を飛んでいるかのように感じられるシミュレーションライドです。

視野いっぱいに広がる映像と、スキー場のリフトを横に長くしたようなライドのおかげで、極めてリアルな空中散歩を楽しむことができます。

アトラクションとしては、極めてできの良いものなのです。

 

が、このアトラクション、かなり古いものです。

ディズニーパークに最初に設置されたのは2001年。オープン予定の2019年からみれば、18年も前のことです。カリフォルニア・アナハイムのディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーに設置。

当初はロス周辺の上空を飛んで回る内容だったのですが、あまりにも人気になったために、ほぼそのままの内容で2005年フロリダ・オーランド近郊のウォルト・ディズニー・ワールドエプコット」に設置。これでも14年前のことです。

上海ディズニーランドにも設置されましたが、こちらは2016年。これはオープンに合わせてのことですので、まだ納得できます。

 

古い古いと言っているのには、もちろん理由があります。

「ドーム型のスクリーンを用いたシミュレーションライド」というのは、もともとはおそらく映画館のシステムで有名なアイマックス社が採用したものなのではないかと思います。(あるいはユニバーサル・スタジオかもしれませんが、いずれにしてもアイマックスの映像システムを採用しています)

ドームの一部を切り取ったようなスクリーン(IMAXではOMNIMAXという呼称を用いています)を使うことで、体験者の上下左右まで視野いっぱいに映像を映し出すことができますので、非常に没入感が高いライドになります。

日本では、1990年台中盤から各地のジョイポリスなどに設置されていました。

このシステムの特徴は、ライドを大して動かさなくても、映像だけでまるでライドが大きく動いているかのように感じられてしまうこと。とにかく映像の威力がハンパなくて、コースターの映像なら落下感を味わえますし、飛行映像なら浮遊感を味わえちゃいます。

 

アイマックスのシステムが最大限活用されたのが、ユニバーサル・スタジオの「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」。

フロリダに設置されたのが1990年、ハリウッドが1993年、日本にはUSJオープンと同時の2001年にオープンしました。

デロリアンに乗ってドーム型スクリーンの映像を見ながらライドが揺れるシステム。

こちらもやはり映像の威力のおかげで、ライド自体は実はそれほど激しく動いていないのですが、乗り物酔いを誘発するほどのリアルな乗車感。

営業は終了していますが、ライドとしての完成度は高いので、アメリカの2機はシンプソンズとして、日本のものはミニオンズとして稼働中です。

 

バック・トゥ・ザ・フューチャーから11年。スター・ツアーズで時代の止まっていたディズニー・イマジニアリングも、ようやく重い腰を上げてシミュレーションライドを新規導入しました。

それが「ソアリン」。

ドーム型のスクリーンという特徴は同じでありながら、スキー場のリフトを横に長くして9~11人乗りにしたようなライドを用いることで、浮遊感を生み出しています

このライドは極めて動きが小さくて、上下にはわずかに動くのですが、左右に傾くことは一切ありません。それでもドーム型スクリーンのおかげでリアルな空中遊覧体験ができるのです。風と香りを導入したのも画期的。

 

当時としては凄まじいリアリティのライドだったのですが、実は今となってはそれほど感動的なライドではありません

と言いますのも、世界のシミュレーションライドはさらに進化しているのです。

例えば「ソアリン」を開発したディズニー・イマジニアリングは2017年、ウォルト・ディズニー・ワールドのディズニー・アニマルキングダムに映画アバターのシミュレーションライドをオープンさせました。

このアトラクションは、ソアリンのライドをバイク型にしたようなイメージ。構成的にはどちらかと言うとドーム型スクリーン+ライドのバック・トゥ・ザ・フューチャーに近い形と言えるかもしれません。

 

あるいは、ディズニーのライバルにして新システムの導入がディズニーより10年は早いユニバーサル・クリエイティブは2010年、フロリダ州オーランドのアイランズ・オブ・アドベンチャーに「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」をオープンさせています。

ハリポタライドの詳細はリンク先を見て頂くことにして、簡単に言いますと、こちらはドーム型スクリーン自体は小型ながら、ライドをロボットアームの先端に取り付けたことで自在な動きが可能になっています。

映像だけでも体感上は揺れを感じるレベルなのに、それにリアルな動きを合わせてしまったのです。

さらにはロボットアームを常時横移動させていることで、ダークライド要素も持たせてしまったという、もはやシミュレーションライドの枠を大幅に超えてしまった傑作。

 

これだけ世界のシミュレーションライドが進化している状況下ですから、日本でも旧型の汎用機は出回り始めます。

例えば、ただのドーム型スクリーンへの映像投影だけであれば、プラネタリウムのシステムを応用することでできてしまいます。

各地のプラネタリウムで、星空ではない実写映像投影は行われていますし、例えば浜松の航空自衛隊広報施設「エアパーク」では無料でこうした映像を見ることができてしまいます。

さらに、台湾のメーカーが「ソアリン」に極めてよく似たシステムのライド(簡単に言えばパクったもの)を開発・販売していまして、それが日本にも導入されています。ご存知富士急ハイランドの「富士飛行社」です。

今の日本に本家「ソアリン」を導入しても、「富士飛行社のパクリ」にしかならないのです。本家はディズニーであるにもかかわらず、皮肉な話です。

 

 

2. ソアリンは面白くない

さて、システム的には古いながらも良くできたものであることはご理解頂けたかと思います。

しかしながら、ソアリンには1つ大きな課題があります

それは、上映する映像の制約。

 

ソアリンは上述の通り、ライドとしての揺れが極めて少ないです。

このことと、乗客に常に風を当て続けている効果によって、ドーム型スクリーンのアトラクションにしては酔いにくいということ、身長制限なく乗車できること、といったメリットを生み出しています。

ただ、そのせいで映像にストーリーを作りにくい

 

現状では、ただ世界各地の上空を飛んで回るだけの内容になっています。

とにかくストーリーが薄い。

ディズニーシー版にはオリジナル映像が追加されるようですが、それでも大筋に変化はないでしょう。

 

このストーリーの薄さ、キャラクターが出てこない実写映像のみということもあって、「気持ちよく空を飛んだなぁ」程度の印象しか残らないのです。

ストーリーだけで言ったら、現行の「ソアリン・アラウンド・ザ・ワールド」よりも「富士飛行社」のほうが上ですし、楽しい

最新鋭のシミュレーションライドに対抗し得る「乗ってはじめてわかる感動」はありません。

 

 

3. ターゲットが見えない

そんなソアリンを今の日本に導入すると決定したときの、ターゲット層がイマイチ見えてきません。

シミュレーションライドという観点では、ディズニーシーにはシステム自体は旧型ながら比較的できの良い「ストームライダー」(現・ニモ&フレンズ・シーライダー)があります。

おそらくディズニーシーがオープンした当初の2001年にソアリンが完成していながら、投資対象としての順位を落としていたのはストームライダーとの被りを恐れたからだと思われます。

 

ディズニーシーには無いタイプのアトラクションを補充するというわけではないとすれば、一体誰をターゲットに作っているのでしょうか。

上述の通り利用制限がありませんので、全年齢対象になってはいますが、キャラクターが出てこなくて、ただひたすら風景映像を眺めるだけのアトラクションに小さな子供が興味を示すとは思えません

若者層が対象なのかといえば、それにしては激しさやリアリティが足りない。

唯一受けそうなのは中年~高齢者層でしょうか。

ただ、その層を狙うにしては、酔いやすいドーム映像を使ったアトラクションというのはおかしい。

 

かといって、単にディズニーシーのキャパシティを増やすことにも向かないアトラクションです。

巨大なドーム型スクリーンと、その周辺に大きなリフト型ライドを設置するので、ソアリンは体験人数に対して設置面積の大きいアトラクションです。

体験時間4:45に対して1シアターあたりの定員は87名。入れ替え時間を2:15と設定しますと、1回転に7分かかります。したがいまして、1シアターあたり1時間745名がマックスです。

営業時間が13時間の日は、1シアターあたり体験人数は9694人となります。

2シアター設置であれば最速で運用し続けて1日約2万人。エプコットだけは増設して3シアターになっていますが、ディズニーシーの敷地を考えますとおそらく2シアターでしょう。

実際にはオペレーションの難しい大型シアター+シートベルト+荷物収納に手間取るタイプのアトラクションですので、入れ替え時間は+2分くらいみておきたいところ。そうしますと、1日1万5千人くらいの規模になってしまいます。入場者数が変わらなければ、1日1.5万人が1つ余分にアトラクションを楽しめることになります。

ちなみにディズニー系のアトラクションですと、例えば「ビッグサンダー・マウンテン」は1時間あたり2,400人、13時間営業で31,200人を捌きます

これだけでもソアリンのハケの悪さがおわかりいただけるかと思います。

 

パークのキャパシティを考える上で、次に考えなければならないのは行列の待ち列(キューライン)です。

パーク内に滞在している人々は、

  • 歩行
  • 休憩
  • 食事
  • アトラクション乗車
  • アトラクション待ち
  • ショー鑑賞
  • ショー待ち

などのなんらかの行動をとっています。これらのキャパシティ(歩行と休憩についてはキャパではなく総来場者に占める割合で算出)を足し合わせることで、パークのキャパシティが決まります。

それでは、ソアリンのキャパシティはどれくらいになることが想定されるのでしょうか。

ある程度、初期の混雑が落ち着いた時期を想定すると、休日待ち時間は90分位でしょうか。

9分間で、1シアター87名、2シアター制であれば174名がハケますので、90分待ちだと1,740名。実際にはファストパスに半分の枠を回すとして、キューラインに並んでいるのは870名。ライドを体験中の174名を合わせると、アトラクションに滞在しているのは1,044名ということになります。

さらに、園内滞在中のお客さんのうち、4割ほどが歩行、休憩、または食事をしているとすれば、上記人数を1.4倍して1,500人ほどのパークキャパシティ増につながることになります。

一方で、ディズニーシーに入場制限がかかるのは来園者が6万人ほどのとき。6万人に対する1,500人というのは、わずか2.5%に過ぎません。

つまり、ソアリンはパークのキャパシティ増加にはほとんど寄与しないのです。

ちなみに、キャパを増やしたいだけなら投資効率が良いのはマーメイドラグーンにあるような小型アトラクションです。

 

 

4. ターゲットの見えないアトラクションを設置するのはヤバい

こうしたことを考え合わせますと、「来園者の満足度を向上させる」という名目のもとに、海外で人気のアトラクションを適当に配置したようにしか思えません。

要するに、そこそこクオリティの高い大型アトラクションを設置することで、できるだけ来園者1人あたりが体験できる大型アトラクション数を増やそう、という戦略です。

しかしながら、上述したとおりディズニーシーの入場者数が6万人前後あるような状況で、1日1.5万人しかさばけないアトラクションを設置しても、1人が体験できる大型アトラクション数は1/4個しか増えません

現在1日に体験できるアトラクション数を1/4増やすことで、大幅に顧客満足度が向上するというデータがあるなら良いのですが、普通に考えれば体験できるアトラクションが増えるに従って、顧客満足度も徐々に増えていくような形になりそうです。1/4がクリティカルに効く、ということはなさそうなのです。

 

その一方で、これまで述べてきましたように富士急に次ぐ2番目の設置となるシステムのアトラクションですし、ディズニーらしさもありませんので、新規顧客に訴求できるとも思えません。

来場客数増を期待できるわけではなく、顧客満足度向上が期待できるわけでもないアトラクションに数十億~数百億投資してしまう。

これが10年以上前であれば、ディズニーの圧倒的なブランド力で押し切れたかもしれません。放っておいても客数が増加している状況下では、単に新アトラクションを投入するだけで魅力向上に繋がります。お客さん側が情報収集して来てくれるわけですから。

 

しかしながら、現在は休日のお出かけ先、アクティビティの種類も増え、それぞれが戦略的な投資を行っている状況。

旧態依然としたディズニーのアトラクションの魅力が相対的に下がってきている状況なのです。

そんな中で、戦略のない投資は回収につながらない、無駄金になる可能性が高いのです。

 

戦略的な投資を繰り返し、ディズニーとともにテーマパーク産業を盛り上げ、相乗効果を狙っていきたいUSJ側からは「何をやっているんだ…」という声が聞こえてきそうな。

 

 

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Posted by ricebag