西武園ゆうえんちは100億円の投資で復活できるのか ー 遊園地はなぜ潰れるのか 番外編2



こんにちは、なんちゃって遊園地評論家のricebag(@ricebag2)です。

これまで、「遊園地はなぜ潰れるのか」シリーズでは、遊具の値段運営経費収入分析などから遊園地の経済状況を分析してみたり、それをもとに遊園地がなぜ次々に潰れていってしまうのかを明らかにしたりしてきました。

そんな中、傾いている遊園地の筆頭格である、西武園ゆうえんちが100億円を投資して、大リニューアルをするという発表がありました(2020年1月23日)。それを手掛けるのが、株式会社刀の森岡毅氏です。

 

このシリーズを書くきっかけになったのは、USJの経営立て直しのキーマンとして知られる森岡毅氏の著書(確率思考の戦略論)でした。

その森岡氏が西武園ゆうえんちのコンサルをされるということで、果たして本当に成功するのか分析をしてみたいと思います。

私の専門は物性物理系でして、ゴリゴリの理系ですので、マーケティングは全くの専門外です。経済関係は学部教養レベルの知識しかありませんので、かなり表面的な議論になってしまうことはご容赦ください。

本当は定量的な議論がしたかったのですが、出ている情報があまりにも少ないので、すごく薄っぺらい議論になってしまいました…。

 

1. 遊園地に100億円はキツい

まず、前提として、西武園ゆうえんちは単独黒字を目指しているものと考えます。

鉄道会社経営の遊園地の場合、沿線の魅力向上による不動産価格上昇であったり、鉄道利用者増などによっても収益を増やすことができます。このため、必ずしも遊園地単独での利益が目的ではないことも考えられますが、森岡氏の発言等から、単独黒字を目指しているという前提の元、考察を進めていきます。

 

以前のシリーズでご紹介してきましたように、遊園地の経営はかなり苦しいです。

なかでも西武園ゆうえんちは、大型ローラーコースターを既に撤去してしまったこともあって、大人の集客は見込めない遊園地。

年間入場者数は50万人前後で推移しています。

さらに、料金はフリーパスでも大人1人2,800円。入場料だと大人1人1,200円。親子で来園の場合、子供だけフリーパスで大人は入園のみ、ということも考えられますので、客単価は相当低いと予想されます。

食品持込みも可能ですので、平均客単価は3,000円をゆうに下回っているのではないでしょうか。

3,000円、50万人で計算をしても、年間収入はわずか15億円程度です。実態は12億円くらいと予想。

 

一方で、小型アトラクションばかりの遊園地で、かつレストランやショップも少ないので、運営経費はかなり切り詰められるはず。特に、学校休み期間以外は火、水、木曜を休園にしていたりしますので、切り詰めれば10億円は切れるのではないかと思います。プールを廃止して、アトラクションも1箇所に固めて無駄な敷地の手入れに要する費用を廃すれば、5億円でもなんとかなるのではないかと。

ただし、経営母体が西武鉄道ということもあって、正社員の給与が高めであること、正社員数が多いと予想されること(西武鉄道は歴史的に正社員雇用を重視すると言われています。同じく西武グループのとしまえんも、それが1つの原因となって経営悪化していました。)から、おそらく人件費が重しとなって、単独では赤字だと予想されます。

 

さて、切り詰めに切り詰めて年間利益が10億円という遊園地が、100億円を投資する。なんとも無茶な話です。

100億円の投資で成功した最近の例として、例えばよみうりランドの「グッジョバ」エリアをあげることができます。建設によってファミリー層を一気に獲得したことは、記憶に新しいです。

そのグッジョバエリアですら、以前にこのサイトで予想をしてみたところ、追加の投資策を打たなければ、投資の回収に10年かかるという結論になりました。実際には追加の投資策が発表されていますので、もう少し早く回収できるとは思われますが、とにかく遊園地に100億円というのはキツいのです。

 

 

2. 何年で投資を回収するのか

100億円という投資がどれほどキツいのか、もう少し詳しく見てみましょう。

投資をした場合、単にそれに見合った額を回収すれば良い、というわけではありません。

投資をするということは、その分のお金をどこかから調達してくるということです。無借金経営でもない限り、誰かからお金を借りなければなりません。特に、設備投資がかさむ鉄道会社や遊園地では、その傾向は顕著です。

借りる相手は、銀行であったり株主であったり。色んな人から借りることになりますが、どこから借りたとしても、タダではありません。銀行には利息を支払い、株主には配当や株価上昇などで貢献する必要があります。

会社がお金を調達したときに、それらの支払いを加重平均して、どれだけの利息を支払う必要があるのかを示す指標にWACC(加重平均資本コスト)があります。これは、上場企業であれば公開情報からザックリ見積もることができるのですが、面倒なので(すみません…)妥当そうな値を置いてみます。

というのも、公開情報はある程度の(合法な)範囲で操作ができてしまうこともありますし、ザックリ見積もりの精度がそんなに高くないんです。西武鉄道の場合は、鉄道会社という安定性も鑑みて、WACCを仮に5%と置きます。

 

そうすると、今年借りたお金の返済額は、来年には1.05倍になり、再来年には1.05×1.05倍になります。

ただし、毎年返済もしていくはずですので、このままだと計算がややこしくなっていきます。

そこで、将来の収益を、「現在価値」になおして計算することにしましょう。例えば、来年の収益は、今年の価値に直すと1/1.05倍、再来年の収益を今年の価値に直すと1/(1.05×1.05)倍となります。

 

それでは、結局どれだけ稼げば、投資額の100億円を回収できるのでしょうか。

本来であれば、収入はオープン初年度が最も多くて、2年目は少し下がり…といったカーブを描くモデルを立てるべきなのですが、ここでは簡単のため、毎年同じ金額の収入があると想定します。

毎年の収入をx円とおいて、建設期間を1年と想定し、10年かけて返済するなら、

10,000,000,000 = x/1.05 + x/(1.05)^2 + x/(1.05)^3 + …… + x/(1.05)^10

となりますので、これを解いてxは約13億円となります。100億円の借金に対して、130億円返さなければならないんですね。

 

年間13億円を追加で稼ぐことなら、なんとかなりそうです。入場客数を100万人確保すれば、現在の客単価でも何とかなるわけです。

ですが、そういうわけにもいきません。「遊園地」であれば、比較的流行り廃りが少ないのでのんびりとした経営ができますが、西武園ゆうえんちが打って出ようとしているのは「テーマパーク」戦略です。メディア効果が一巡して飽きられると危険です。

飽きられる前に、新規投資を打たなければならないのです。10年がかりで返済していては、飽きられる前の追加投資が苦しくなります。追加投資と利益確保のためには、できれば5年で完済できるくらいのペースを目指したいところ。

そのためには、年間23億円を追加で稼ぎ出さなければなりません。現在の推定年商12億円を、3倍近い35億円へと引き上げなければならないのです。

これを集客数と客単価の目標に落とし込んでおきましょう。ザックリ、客単価 3,500円/人 × 集客数1,000,000 人/年が妥当な線ではないでしょうか。

入場のみの客が増えるかもしれませんが(どういうチケット戦略が取られるかはともかくとして)、園内の追加課金型遊戯施設を充実させるのと、飲食の充実、全体的なチケット値上げで客単価を確保。問題は集客です。

 

 

3. 立地が悪い

西武園ゆうえんちの弱点は、立地です。

誤解しないでいただきたいのは、商圏人口は決して悪くないという点です。さすがによみうりランドのように、都内と横浜、川崎までを含むような巨大商圏ではありませんが、武蔵野、小金井、国分寺、立川、八王子といった人口の多い中央線沿線と、西武新宿線、池袋線、更には武蔵野線を介して浦和付近まで狙うことができます。

ただし、武蔵野線からは最低3回の乗り換えが必要になる上、武蔵野線から池袋線に乗り換える秋津駅は道路を1, 2分歩いての乗り換え。しかも、さいたま市側からは、武蔵野線の反対方向に乗れば、舞浜まで直通で行けちゃいます。あのディズニーと競わなければなりません。

最寄り駅は西武多摩湖線という弱小路線のため、西武各線からも乗り換えが必要で、アクセスが悪い。

更に、周囲を池とゴルフ場、住宅地で固められていて来園者数が増えると渋滞しやすい上、関越道と圏央道、中央道のいずれからも等距離にあるという立地。車でのアクセスは尋常じゃなく悪いので、車来園者は周辺自治体で電車アクセスの悪い、東大和市、武蔵村山市、入間市あたりの住民に限られそうです。あくまで、補助的来園手段。そのためか、駐車場も決して広くありません。

 

ライバルは、中央線沿線以南はよみうりランド。中央線西部は相模湖プレジャーフォレスト。さいたま市は東武動物公園。テーマパークは南側はサンリオピューロランドがありますし、埼玉側はディズニー。プールは東京サマーランド。公園は昭和記念公園、小金井公園、航空記念公園がありますし、多摩動物公園も商圏がかぶります。

強いライバルが多すぎる。よみうりランドとピューロランドはいずれも年間200万人を集客する巨人。どちらも一時期は低迷していましたが、対策を講じて復活。西武園ゆうえんちはこれらに取り残された状況になっていたのです。

これから西武園ゆうえんちが対策を講じても、これらの施設と食い合いになるのは必死。先行者に対して厳しい戦いを強いられることになります。

 

さらに悪いことに、2019年になってムーミンバレーパークがオープンしています。これは飯能市。狭山市や入間市など、西武園ゆうえんち周辺のベッドタウンからは、車ならムーミンバレーパークの方が近くなってしまいました。

青梅、拝島、八王子などからも、八高線経由でムーミンバレーパークに行きやすい状況。

自動車でのアクセスも、圏央道からムーミンバレーパークへのアクセスは、西武園ゆうえんちよりは大分マシです。

ただ、ムーミンバレーパークは客単価引き上げと実質値下げを両立しようとする戦略を打つなど、苦しそうな状況。客の奪い合いをできる力が残っているかどうか微妙なところですが、値下げ合戦に巻き込まれたりすると苦しいです。

 

いやもう、ホントどうするよ、って場所なんですよ。これで年間200万人は厳しい。

とはいえ、上で述べた商圏の人口は、ザックリ400万人。うまく話題を作って23区北西部まで視野に入れれば、100万人はクリアできるでしょう。

100億円の投資なら100万人の集客で何とかなりますが、より大きな投資をすると集客も増やさなければなりません。

おそらくそういう意味で、森岡氏は「もっと大きな額の投資はやめておいたほうが良い」という助言をしているのだろうと思います。

 

ちなみに、最低クリアラインを100万人に設定しているのではないか、という予想ですが、及第点は150万人ではないかと。そうすると、返済期間が4年を切りますので、飽きられる前に追加の策を打ちやすくなります。

最初の3年位はお金のかからないイベント等でしのいで、4年目くらいから本格的な新規投資を始めたいところ。

 

 

4. 話題を作れるか

さて、100万人集客できるかどうかは、どれだけ話題を作れるか、話題を維持できるかにかかっています。しかも5年間100万人維持となると、メディア露出による話題性だけでなく、良い評判や口コミが流れて、客が客を呼ぶ状況を実現しなければなりません。

 

まず、そもそも話題を作れるのか、という問題から。

西武園ゆうえんちの投資は、「昭和30年代」をテーマとした雰囲気等に振り向けられます。

ここで気になるのは、テーマのかぶり。例えば池袋のナンジャタウンには、「福袋七丁目商店街」という昭和30年代をテーマにしたエリアがあります。お台場のデックス東京ビーチには「台場一丁目商店街」がありますし、新横浜ラーメン博物館はそれ自体が昭和30年代をテーマにした造りになっています。いずれも屋内型施設ですが、かなりしっかりと作り込まれています。

もはや「ありふれた」テーマですので、単にそれだけでは話題を呼べません。

 

他の施設との差別化を図るための、1つのキーワードは「人」だと思います。森岡氏は「接客」がキーの1つだとしています。

単なる丁寧な接客だけではなく、変なことをすると叱ってくるおせっかいなおっさんがそこら辺を歩いていたり、やたらとベーゴマが強いあんちゃんと勝負して勝つと景品がもらえる施設があったり。接客にアクター的要素を足すことでリアリティを演出してくる。そうした一期一会に近い体験、西武園ゆうえんちに行けば何か特別なことが起こるかもしれないという期待感、それらをSNSを通して動画で拡散してもらうことによる宣伝効果等々を狙ってくるのではないかと。

SNSでうまくインフルエンサーに広げてもらえれば、1件あたりリプやリツイート、コメント等が数万、いいね等が数十万単位で付いたりします。そのうち1%でも行動に移してくれれば、それだけで数千人の来園者をもたらします。継続的にバズらせることができれば、万単位で来園者を増やせるのです。若者をターゲットにしているというのも、そういう意味でしょう。こうした手法で、西武園ゆうえんちに行けば楽しいことが起きる、良い動画が撮れるかも、という認識が定着すれば、来園者の底上げにつながります。

 

そうした、人を使った「仕掛け」はUSJの得意とするところですし、「テーマパークでしかできない体験」を生み得ます。そこに遊園地のアトラクションを絡めることができれば、唯一無二の強みとなります。

ただ昭和30年代の雰囲気になっただけの遊園地に興味を惹かれる人は多くないように思いますので、そうした仕掛けは間違いなく用意されているでしょう。

初年度は、それをマスメディアを通じて広めることで、従来の50万人に加えて追加の50万人確保。一巡するまでは話題の浸透効果からベースラインを80万人程度まで上げて、翌年以降はSNS等の口コミ効果も利用して、継続的に+10万人程度を話題で確保。さらに定期的なイベントで10万人確保。これくらいが妥当な線ではないでしょうか。

10代20代をターゲットに設定しているなら、100万人来場すれば10万人がSNSに投稿し、それが100万人に認知されて10万人が来場し、、、といった無限ループを形成できます(一巡するまでは)。一巡しても、うまく目新しいイベントや要素を出していくことで、それが過去の来場者に伝わって再来園する、といったことにも繋がりやすくなります。特に、初回来場時に良い印象を持っていれば、面白そうな新要素が追加されるたときの再来園へのハードルが下がりますので、SNSのループが効果的に回るようになるはず。

そうして、西武園ゆうえんち専門のコミュニティなどが形成されてくれば完璧です。そのコミュニティから外部に積極的に働きかけて来園を促してくれますし、接客サービスに力を入れておけば様々なことを好意的に捉えてもらいやすくなります。このあたりはSNSの一般論ですが、ディズニーのおかげもあって、テーマパークでは非常に効果が高いし、出やすいのです。

 

このテーマでチャレンジングだと感じたのが、昭和30年代という設定は郷愁を誘ってしまうということ。

やはり、昭和30年代って夕日が似合うテーマなんですよね。どうしてもちょっと切ない気持ちが混じってしまう。

一方で、遊園地はこれまで底抜けに明るい施設を目指してきました。ただ、それを維持できなかったために、ところどころほころびが出てきて、郷愁を誘うようになってしまっていました。その点を逆に活用して、積極的に郷愁を誘いに行く施設にしようとしているのです。

問題は、その切なさが大々的な集客や、定期的なリピートに結びつくのかどうか、ということ。底抜けに明るく楽しい非日常というのは、集客やリピーター確保に結びつきそうなテーマですが、切ない雰囲気があると、どうしても出かける際に腰が重くなりそう。ディズニーシーが安定的な集客に至るまで時間がかかったのも、おそらくやや退廃的なムードが原因だと思います。全力で楽しめない部分がある。

おそらくその雰囲気を利用して、ゆったりと時間が流れてまったりと過ごせて、かつ楽しいことをウリにするんでしょうけれども、さじ加減がかなり難しそうです。この点はオープンしてみないとなんとも言えないところですので、森岡氏の手腕に期待して、楽しみに待つしかありませんね。

この点さえクリアすれば、上述のように投資の回収は十分に可能だと思われます。

 

 

余談: としまえん閉園との関係

西武園ゆうえんちのリニューアルにお金をかけるのは、もちろん同じ西武グループに属するとしまえん閉園と無関係ではありません。

西武グループは堤康次郎が牛耳っていた1950年代に、既にとしまえんを所有していたにもかかわらず、新たに西武園ゆうえんちをオープンさせています。

康次郎の息子、義明がグループを継いでからも、遊園地を2つ所有する時代が続きます。

ちなみにこのとき、としまえんは義明の弟、康弘が経営。一時、義明と康弘の仲が悪化したため、西武池袋線と豊島園線との直通運転が取りやめられて、練馬駅での乗り換えが必須になってしまったという噂があるほど、露骨な同族経営企業でした。

 

としまえんは社員を多く抱える自前主義で、放漫に近い経営だったことから、1990年代終わり頃から2000年代にかけて、経営が傾いていきます。

2005年には子会社に全員転籍という措置をとって、給与の削減を図るなど、危機的な状況に陥ります。

その後も大型新アトラクションは設置できず、ジリ貧の状態。

 

一方の西武園ゆうえんちも、立地の悪さ、もともと大型アトラクションが多くない構成もあって、苦しい状況。

バブル期に「ユネスコ村」という大型施設を遊園地横に作ったりもしましたが、こちらもうまくいかず、としまえん同様にジリ貧状態が続きます。ただし、こちらは西武鉄道直轄なので、経営自体には表立った問題は生じていません。

 

そんなジリ貧の2つの遊園地を所有し続けるのは、西武鉄道にとって愉快なことではありません。

どちらかにお金を投じて、沿線の魅力向上を図るとすれば、都心に近いところにあるとしまえんよりも、郊外の西武園ゆうえんちが選ばれるのは当然のことです。

郊外の宅地開発等、不動産事業と連携が取れますし、ラッシュ時の下り線に乗客を呼び込む事ができるようになるからです。

そんなわけで、としまえんは以前から身売り話が出ては消え、という状況でした。

 

西武鉄道もようやく重い腰を上げて、東京北東地区と埼玉南東地区の魅力向上と路線再編に乗り出したのではないかと思われます。