ループコースターの誕生と第2の黄金期 ー ローラーコースターの歴史8

2020年9月1日

スペースワールド「ヴィーナス」

こんにちは、ricebag(@ricebag2)です。

1959年にディズニーランドが円筒型レールを発明したことによって、ローラーコースターに木製(あるいは鋼製で平型レールを採用したもの)以外の新たな選択肢、「スチールコースター」という概念が誕生しました。

しかしながら、1930年の世界恐慌にはじまるローラーコースター冬の時代は続いて、「遊園地やローラーコースターはダサいもの」という認識が根付いたまま、1970年代を迎えてしまいます。

その1970年代、円筒型レールを活用することで、ついに戦後初のループコースターが誕生します。これによって新たな形のスリルを獲得したローラーコースターは、第2の黄金期へと突入していくのです。

今回は、ループコースター誕生前後の歴史と、なぜ円筒型レールでなければループコースターが生まれなかったのかという技術的背景も含めてご紹介していきます。

 

 

 

スポンサーリンク

1. 1970年代のアメリカ

ローラーコースターの復興が1970年代に始まったのは、やはり当時のアメリカの状況とも深く関係しています。

1970年代初頭、泥沼のベトナム戦争も末期を迎えていました。反骨的な潮流、新左翼の台頭などを経て、世論の動きによって徴兵制も事実上の終了を迎えて、戦争の落とし所を探り始めます。

そうした潮流によって、ロックンロールなどの文化が浸透。いわゆるアメリカ文化がひとまずの完成を見た時期です。

 

ニクソンショックやオイルショックもあって、必ずしも常に景気の良かった時期ではありませんが、文化的潮流があたらしいものへの寛容性を生みます。

そこに新しいタイプのスリルを持つローラーコースターが生まれたことで、うまく時流に乗って繁栄することができたのです。

 

 

2. 円筒型レールと設計自由度

ループコースターのお話に入る前に、なぜ円筒型レールがループコースターを生み出したのか、その背景に触れておきます。

円筒型レールは、前回の記事でご説明した通り、等方的でかつ幅の広い車輪との接触面積が少ないというのも特徴の1つですが、最大の特徴はなんといっても剛性の高さです。

断面形状として、円は最も剛性の高くなる形です(厳密には、ローラーコースターの負荷は等方的ではないので、必ずしも円形がベストではないのですが、そのお話が出てくるのは21世紀に入ってからのことです)。ただの鉄の板を使っていた従来のコースターのレールと比べると、その剛性は圧倒的です。

従来は、レールの下に枕木やそれを支える構造など、ベースとなる構造が必要でした。これが円筒型レールになると、基本的には2本のレールと、2本のレールの間を距離を一定に保つための枕木様の支柱だけで成り立ってしまうのです。例えば現代ですと、GerstlauerのEuro Fighterシリーズはその典型例で、例えばDollywoodのMystery Mineなんかは、全域で2本のレールとその間の支柱だけの、平べったいレールがヒラヒラ舞うようにコースを形成しています(もちろん、高さを支えるための支柱はあります)。富士急ハイランドの高飛車も、負荷の低い領域ではレール2本とその間の支柱だけで構成されていますよね。

一般的なコースターであっても、2つのレールの間に少し太めの円筒型構造体を配置して、それらの間を枕木のような支柱で結ぶだけで構成されています。

典型的な3本レール
典型的な3本レール。2本のレールの間に、太めの円筒型構造体があって、それらの間は枕木のような支柱で接続されています。この写真はよみうりランドの「モモンガ」のもの。このバリエーションとして、構造体に円筒ではなく角柱を用いるもの(B&M社など)や、3本目の円筒をレールと同じ太さにして、3本の円筒が三角錐を形成するようにトラスを張り巡らしたもの(Intamin社の中小型コースターやGerstlauer Euro Fighterの高負荷部分など)、もう1本同じ太さの円筒構造体を追加して四角柱を形成するようにトラスを張り巡らしたもの(Intamin社の大型コースターなど)があります。

 

このように構造がシンプルになってかつ剛性を増すと、設計は大幅に自由度を増します。

木製で垂直ループを作ろうと思うと、なかなかループ下部の強いGに構造が耐えてくれません。実際、例えば初期のフリップ・フラップ・レールウェイやループ・ザ・ループも、ループ部の構造だけは鋼製でした。また、2000年代に入ってから作られた木製ループコースター「Son of Beast」もループ部はスチールでした。これには、鋼の車輪を採用する木製コースターは、車両を鋼製にする必要があるために、車両重量が重くてその負荷に耐えられない、という事情もあります。

ウレタンやナイロンなどを車輪に巻いているスチールコースターではその必要がなくて、軽量なプラスチック系の車両を使えるため、負荷も小さくなります。これに加えて、レール自身が高負荷でも歪みにくいために、コース設計の自由度が増します。構造もシンプルですから、ひねりなどの動きを作りやすいのです。

このように技術的背景と文化的背景が噛み合ってはじめて、新たな形のコースターが生まれます。

 

 

3. コークスクリューとArrow社

円筒型のレールを生み出したのは、Arrow Dynamics社(1946年創業: 当時はArrow Development)のカール・ベーコン(Karl Bacon)という人です。この方はArrow社創業者の一人でもあります。

余談ですが、円筒型レールを生み出した後、Arrow社はディズニーと懇意になって(ディズニーはArrowの株式の1/3を保有)、いくつものディズニーのローラーコースターを手掛けることになります。その役割は、後にArrow社の流れも汲んでいるVekoma社が担うことになるのですが、そのあたりのお家騒動(?)の話は私はあまり知識がありません。ご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示ください。

 

さて、Arrow社は本格的にローラーコースター事業に乗り出すにあたって、航空宇宙産業に従事していたロン・トゥーマー(Ron Toomer)という人物を1965年に雇います。

この方が戦後初のループコースターを生み出すことになります。

 

ループコースター自体は、1846年にはすでに存在していました。しかしながら、これは短命に終わってしまいましたし、後の1895年フリップ・フラップ・レールウェイはけが人が多発したこともあって、また、乗車効率が悪かったために採算が合わず失敗、そのフォロワーたちもことごとく失敗していきました。1912年にはすべてのループコースターが撤去されてしまいます。

それから63年が経過した1975年、ナッツ・ベリー・ファーム(Knott’s Berry Farm)にコークスクリューが誕生します。初期の垂直ループでは、ループ下部で人体にかかる負荷が高すぎてけが人が発生していました。ロン・トゥーマーは、垂直ループを作らずに上下反転させる方法として、ひねりながら回転させるコースレイアウトを考案しました。このひねり回転こそが、「コルク抜き(corkscrew)」の名前の由来です。このレイアウトは人体にかかる負荷が小さいと同時に、円筒型レールの設計自由度の高さも生かした素晴らしいアイデアです。

ナガシマスパーランド「コークスクリュー」
コークスクリュー。名前の通り、コルクをひねるような螺旋状のループが2つあります。写真はナガシマスパーランドのもの。

巻き上げ、ドロップ、バンクターン、コークスクリュー×2という極めてシンプルなコースレイアウトですが、上下反転、しかもひねりながらの回転は極めて大きなインパクトをもたらしました。人気を博すとともに、全14機が制作される大ヒット作となったのです。

日本にもわずか2年後の1977年、谷津遊園に初導入。その後、奈良ドリームランド、としまえん、ナガシマスパーランド、八木山ベニーランドと立て続けに計5機が導入。谷津遊園のものは、その後ルスツリゾートに移設されまして、奈良ドリームランドのものを除く4機が日本でも稼働中です(2020年8月現在。としまえんのものは閉園後どこに行くか不明です)。

 

Arrow社はその後もループコースターを連発。1977年には垂直ループを導入。1978年には、2つの垂直ループが垂直に絡み合うブッシュ・ガーデン・ウィリアムズバーグの「ロック・ネス・モンスター(Loch Ness Monster: ネッシーのこと)」で話題をかっさらいました。また、1977年に開発した2回急加速型のシャトルループタイプは、後楽園ゆうえんちにも導入されました。

1981年になると、世界初のぶら下がり型(サスペンデッド)コースターを開発。これは現代のサスペンデッド・ルーピング・コースターとは違って、ループが途中になくて、ぶら下がって入るもののライドも箱型。ただし、ライドが左右に振り子のように揺れる機構を採用しています。日本では東京サマーランドにあった「はやぶさ」がArrow社のサスペンデッド・コースターでした。

さらに1989年には世界初のハイパーコースター(60 m超級のコースター。厳密には、200 feet以上のコースターを指します)「Magnum XL-200」をシダーポイントに納入。こちらもやはり、高さを増すために円筒型レールの剛性が活かされています。日本では、スペースワールドにあった「タイタン」がArrow社のハイパーコースター系列(高さは50 m級)でした。

Magnum XL-200
シダーポイントのMagunm XL-200。画像はもともとFlickrのものですが、元画像が消去済みのためwikipediaより。

Arrow社はスチールコースターの元祖でありながら、常に新たなアイデアを生み出し続けた伝説的企業だったのです。が、レールの敷設精度がそれほど高くなかったり、車輪とレールの間に遊びがあったりと、それほど乗り心地が良くありませんでした。ハーネスもいかついU字型であることが多くて、頭をぶつけて痛いイメージをお持ちの方も多いのではないかと思います。乗り心地を高めることによって、新たな乗車感を生み出しつつあったヨーロッパ系企業に押される形になって、また、サスペンデッド・ルーピング・コースターやフロアレスなどの新たな潮流に乗り遅れたこともあって(おそらく技術者が他社に流れたこともあって)、1990年代後半から業績が悪化します。

2002年に、全く新しいジャンルの制御型4次元コースター「X」を生み出した後、S&S社に買収されてしまいます。そのXは、2号機が日本に設置されています。富士急ハイランドの「ええじゃないか」がそれです。これはS&S社傘下の時代。さらに、その後S&S社が日本の三精輸送機に買収されていますので、Arrow社は(会社としての体裁がどこまで残っているかはともかく)日本の会社の傘下にあることになります。さらにArrow社の流れをくむVekoma社も三精輸送機が買収しましたので、この系譜は完全に三精の手中にあります。

 

 

4. 垂直ループとシュワルツコフ

コークスクリューによって天地ひっくり返りコースターが再度世に生まれた翌年、1976年に、今度は垂直ループコースターが再誕します。設置されたのは、ディズニーランドやナッツ・ベリー・ファームと同じく、やはりロサンゼルス郊外にあるマジック・マウンテン(現 シックス・フラッグス・マジック・マウンテン)。木製コースターは東海岸・ニューヨークのコニー・アイランドで誕生・進化したものが各地に広がっていきましたが、スチールコースター関係はことごとく西海岸のロス近郊生まれなんです。見事に娯楽の中心地の移動を表していて、アメリカ史の縮図のようになっているのが面白いです。

さて、垂直ループコースターを作ったのは、アントン・シュワルツコフという人物でした。ドイツ生まれの職人で、1960年代からローラーコースターの世界に乗り込みます。

 

当時の(今でもその文化は残っていますが)ドイツは移動遊園地が全盛でした。例えば、かの有名な「オクトーバーフェスト」のようなお祭りにはアトラクションが付随しますし、お祭りでなくても各地を移動しながら、毎年(あるいは数年に1回)数カ月間特定の街で営業をするタイプの遊園地が多数ありました。場所固定の遊園地はむしろ少なかったのです。

このため、シュワルツコフも当然、移動遊園地を念頭に設計します。移動遊園地では、簡単に組み立て・解体ができて、かつ誰がやっても高い精度で組み上がることが求められます。そうなるとコースレイアウトは、カーブと直線が切り分けられていたり、一定のRのカーブしか無かったり、と単調になりがち……だったのですが、そこに一石を投じたのがシュワルツコフです。

1950年代にワイルドマウス型が誕生して以来、移動遊園地ではそういったタイプが主流だったようです。巻き上げ後はノーカンとのヘアピンカーブを繰り返して、直線上のちょっとしたドロップがあって…といったタイプ。現代の日本の遊園地でも見かけますよね。コンパクトで持ち運びもしやすくて、乗って楽しい素晴らしいコースターです。

ですが、コースレイアウトに変化のつけようがなくて、いつ乗っても同じ感じで単調になってしまいがち。そこで、シュワルツコフはやはり1両編成4人乗りのコンパクトなライドながら、落ちながら曲がったり水平ループがあったりと、変化に富んだ進化系ワイルドマウス「ワイルドキャット(Wildcat)」シリーズを製作します。これが全33機(Roller Coaster DataBaseによる。実際は移動遊園地向けに作られたものでカウント漏れがあって、もう少し多いと思われる)が作られる大ヒット作となりました。

さらにその後、縦1列4人乗りのライドを採用したボブスレー型の「ジェットスター(Jetstar)」シリーズを製作して、これまた亜種まで含めると48機の大ヒット。単に組み立て・解体しやすいだけでなくて、普通に乗って楽しいコースターでしたので、固定遊園地にも大量に導入されます。日本にも阪神パークに「ジェットスターⅡ」として導入されました。これは後に那須ハイランドパークに移設されて、「スピードボブスレー」として稼働しました。こちらは2003年まで動いていましたので、記憶にある方も多いのではないでしょうか。

 

そうしてローラーコースター界の新星として話題になったシュワルツコフ。マジック・マウンテンも1973年にワイルドキャットを導入しています。そうした関係性から、1975年にライバルのナッツ・ベリー・ファームがコークスクリューを導入して話題をかっさらったのを見て、シュワルツコフに度肝を抜く用なコースターを依頼したのではないでしょうか。

1976年設置の「レボリューション(Revolution, 現 New Revolution)」は、シュワルツコフらしくカーブを多用しつつ、地形を活かして先の読めないコースレイアウトにしたテレイン型コースターです。さらに、コース中程に垂直ループ。その直前にはなだらかな下り坂をゆっくりと速度を上げて降りていく演出もあって、垂直ループへの恐怖感もあおります。終盤にループの真ん中を通過するのも、見た目のインパクトにこだわるシュワルツコフらしいレイアウト。全体に速度を落とす箇所が多いのは「らしくない」単調さを生んでいますが、それでも人々の興味を買うには十分の存在でした。

垂直ループは、かつてけが人が続出したいわくつきのエレメントです。真円に近いと大きなGがかかってしまって、特に首まわりにケガを負ってしまうのです。これをシュワルツコフが生み出せたのは、アメリカにおけるトラウマに対する肌感覚が無かったために垂直ループを恐れていなかったことと、移動遊園地用コースターの経験からくる施工精度の高さへの自信があったからではないでしょうか。粗いつなぎ目や、急激なレールの変形部を作ってしまうと、それがきっかけでケガが発生してしまいます。そうした粗さのないスムーズな乗り心地を実現できていたことが、垂直ループ誕生につながったと思われます。

1977年には、急加速して垂直ループを通過、さらに同じコースを後ろ向きに走行して戻ってくる「シャトルループ」を生み出します。ただし、1977年のバージョンはタワーの中で重りを落として、その勢いで車両を引っ張って加速させるもの。1978年になると、巨大なフライホイールを回転させておいて、そこにクラッチを繋いで車両を引っ張るおなじみのタイプに進化します。その1号機がナッツ・ベリー・ファームに導入されているのは、やはり当時ロス近郊の競争が激しかったことを物語っています。このフライホイール版シャトルループは、日本にも1979年の横浜ドリームランドを皮切りに、としまえん、小山ゆうえんち、ナガシマスパーランドに設置されました。重り版は全4機、フライホイール版は全8機が製作されています。これらはかなり真円に近い垂直ループのため、6Gもの荷重がかかります。

ナガシマスパーランド「シャトルループ」全景
シャトルループ。急加速、ループ、2回のドロップがある往復型のコースターです。画像はナガシマスパーランドのもの。

 

5連垂直ループのあるポータブル機など、とにかくインパクトのあるループコースターが多いことから"sooperdooperlooper man(sooperはsuperをloopのスペルに合わせたもの、dooperはただ韻を踏んでいるだけで意味はないので、すんげぇループの人くらいの意味しかありません)"と呼ばれることもあります。呼んでいるのは参考文献[2]の筆者くらいかもしれませんが……。ちなみに、このsooperdooperlooperの語源は、1977年Hersheyparkに設置された同名のコースターです。

なのですが、シュワルツコフの真髄はカーブの使い方にあります。とにかく横Gと上下動の組み合わせがうまくて、「なんだかよくわからないけど楽しい」コースターが多いんです。それを味わえるコースターの代表格が「ルーピングスター」シリーズでしょう。垂直ループも備えるポータブル機で、狭い敷地に設置できるようになっていますが、ファーストドロップも気持ちよければ、後半の連続カーブも楽しい傑作です。日本ではナガシマスパーランドで楽しむことができます。

ナガシマスパーランド「ルーピングスター」ファーストドロップ
カーブを描きながら落下する「ルーピングスター」の美しいファーストドロップ。下の方に見えるうねうね部分も楽しいコースターです。画像はナガシマスパーランドのもの。

 

ローラーコースターのデザインには素晴らしいセンスを発揮していたシュワルツコフ氏ですが、商売にはあまり長けていなかったようで、シュワルツコフ社は1983年に倒産しています。その後も1995年まではBHS社、Zierer社、Maurer社が施工する形でシュワルツコフ設計のコースターは作られ続けます。

その時代のコースターは、日本にもいくつか作られました。代表的なのが神戸ポートピアランドのBMR(1987年, 施工はZierer)や呉ポートピアランドのアンダルシアレイルロード(1991年, 施工はBHS)です。ポータブル機のノウハウを活かした省スペースながらもスリリングなコースレイアウトが、岩山のテーマ建築にうまく収まった、かつてのシーニック・レイルウェイを彷彿とさせる名作です。また、引退直後の1996年に運行開始したスペースワールド(施工はMaurer)の「ヴィーナス」がシュワルツコフ最後のコースターとなりました。これはシュワルツコフの要素をすべて詰め込んだような傑作だったのですが、スペースワールドの閉園と同時に営業を終了。スペースワールドを経営していた加森観光のルスツリゾートに移送されましたが、同じく加森観光の姫路セントラルパークに再移送されているようです。

スペースワールド「ヴィーナス」
スペースワールドのヴィーナス。シュワルツコフ最後のコースターです。画像はCoasterpediaより。すみません、自分の写真もあるのですが、加工が面倒なのと、相変わらず構図のセンスがなくて……。

シュワルツコフはパーキンソン病に苦しめられた後、2001年に亡くなっています。

 

偉人シュワルツコフは、ヨーロッパにローラーコースター産業を生み出しました。シュワルツコフ社のローラーコースターをアメリカで販売する際に商社として噛んでいたのが、アミューズメント・ライドを多数製作するIntamin社でした。日本では東京ドームシティの「サンダードルフィン」や東武動物公園の「カワセミ」、スペースワールドにあった「ザターン」などで知られる会社。Intamin社はヨーロッパでもシュワルツコフの施工を請け負ったりした後、1980年頃からローラーコースター業界に参入します。シュワルツコフのノウハウを吸収した上で参入しているのです。さらに、ぶら下がり型ループコースター大手の1つ、B&M社はIntamin社から独立して出来た企業です。こちらは日本では、USJの「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」と「ザ・フライング・ダイナソー」、志摩スペイン村パルケ・エスパーニャの「ピレネー」などで知られています。大型ローラーコースターの2大巨頭は、シュワルツコフのノウハウをベースに成り立っているのです。

さらに、シュワルツコフ社でシニア・マネージャーを務めていたGerstlauer氏も独立してGerstlauer社を立ち上げました。こちらは日本では、ラグナシアの「アクアウィンド」、富士急ハイランドの「高飛車」、東京ジョイポリスの「擊音ライブコースター」、よみうりランドの「スピンランウェイ」などで知られる会社です。

もちろん、上述したMaurer社は末期のシュワルツコフコースター製作を請け負っていたBHSのコースター部門を継承していますし、Zierer社もノウハウを吸収しています。その他、Mack RidesとZamperlaのローラーコースター部門は子供向けパワードコースターからスタートしていますが、本格コースターに参入したのは2000年前後から。その他イタリア企業等も2000年前後から参入していますから、それ以前のヨーロッパのコースター産業は(Arrow社の流れをくむVekoma社を除いて)シュワルツコフが育てたと言っても過言ではないのです。

ちなみに、日本のトーゴもレール形状、コースレイアウトなど、シュワルツコフをリスペクトしながら作っていた形跡があります。特に設置時の精度を向上する技術など、シュワルツコフが後世に与えた影響は計り知れないものがあります。

 

 

5. 第2の黄金期へ

こうしてループコースターが当たり前のように作られるようになったことで、ローラーコースターは再び人々の興味を集めるようになりました。

各社は垂直ループやコークスクリューを組み合わせてしのぎを削ります。

さらに、円筒型レールが使われるようになったことで、メガコースター、ギガコースターなど大型化への扉も開かれます。

さらにさらに、軽量なポリカーボネートやアルミを多用した車両が実現したことで、立ち乗りやぶら下がりなど、様々な乗車姿勢のライドも次々に登場していくことになります。

このようにして第2の黄金期でありつつも、第2の混迷期となる1980年代, 1990年代へと突入していくのです。

そのあたりの年代のお話は、次回の記事で詳しくご紹介していくことにしましょう。

本シリーズの目次はこちらです。

 

 

参考文献

[1] “The Incredible Scream Machine – A History of the Roller Coaster," Robert Cartmell, Amusement Park Books, Inc. and the Bowling Green State University Popular Press (1987).

[2] “Roller Coaster – Wooden and Steel Coasters, Twisters, and Corkscrews," David Benett, Chartwell Books, Inc. (1998)

[3] “Schwarzkopf Coaster Net," http://schwarzkopf-coaster.net (2020/9/1閲覧)