「ド・ドドンパ」乗車時の事故はなぜ起きたのか

2021年8月24日

ド・ドドンパの乗車姿勢

2021年8月下旬、富士急ハイランドのローラーコースター「ド・ドドンパ」乗車時に、頚椎骨折を始めとする怪我を負った乗客がいる、というニュースが駆け巡りました。

果たしてこの事故は、なぜ起きたのか。そして誰が悪いのか。情報が錯綜していますので、8/24時点の情報をもとに、ある程度客観的に導き出せる結論をまとめようと思います。

結論から申し上げますと、まず、現時点での情報では原因の断定はできない。ただし、「骨折」という事態から、多くは急加速時に発生した可能性が高く、その場合には頭をヘッドレストに付けていなかったことが原因。一番悪いのは、頭がヘッドレストに付いていることを確認してから発射ボタンを押す運用にしていなかった富士急ハイランド。次に悪いのは、そういう運用をするように指示していなかった(とすれば)、かつハーネスに余裕をもたせてしまったメーカー(S&S)。最後に、アナウンスがあったにもかかわらず指示を聞いていなかった乗客です。ただ、遊園地で激しい乗り物に乗っているというワクワク感を持っている乗客に、指示をきちんと聞いてそのとおりに行動しろ、というのは酷な話です。乗客が指示を聞かないもの、という前提で動けなかった遊園地側の責が大きいのではないかと思います。

どういうコースターかご存じない方は、まずは紹介記事をご覧ください。

 

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0. 現時点の情報

・ド・ドドンパに乗車した複数の人に、「頚椎骨折」等の症状が出ている(ただし、ド・ドドンパ乗車との直接的な因果関係、急加速との関係まではわかっていない)

・一部インタビューで、急加速時に頭が揺れたとする証言があるものの、それと頚椎骨折との関係性、記憶の確かさまではわかっていない(例えば、急加速時に頭が揺れたが、その後の垂直ループでより大きな負荷がかかって頚椎を損傷した等)

・ド・ドドンパに改修する以前のドドンパでは、今のところ明確なケガの情報は上がっていない

 

1. ド・ドドンパで怪我をする可能性のある場所

さて、現在のところ、「急加速が原因」ということが盛んに言われていますが、ド・ドドンパで怪我をする可能性があるのは、必ずしも急加速エレメントだけではありません。多分急加速が悪いのですが、一応、客観的な視点を失わないためにも、他の要因を考えてみましょう。

通常、ローラーコースターでむち打ち(頚椎捻挫)の症状が出た場合に真っ先に疑うのは、垂直ループ最下点です。下向きに強烈なGが、勢いよくかかりますので、頭が勢いよく下を向いてしまって、頚椎にダメージを負う場合があるのです。

ドドンパも、ド・ドドンパに変更された際に垂直ループが追加されました。しかも、垂直ループが追加されたのは、もともとはループの代わりにあった垂直タワーの最上部でかかるマイナスGを調整するために、急加速時のパワーを落とさなければならなかったのが、垂直ループならその必要がなくなるから、という理由。風向きや乗車人数、気温等によらず、常時フルパワーで射出していたとしたら、乗車するタイミング次第でループ最下部での速度が変わり、かかる荷重も大きく変わることになります。

 

したがって、ドドンパではケガが発生していなかったのに、ド・ドドンパに変えてケガが出るようになったのであれば、まず真っ先に疑うべきは垂直ループです。

加えて、ループの手前、トンネル出口付近にややつなぎの荒い箇所がありますので、ここで頭の位置をズラされたあと、思いっきり下向きのGが勢いよくかかれば、頚椎捻挫くらいまでは理解できます。

ただ、さすがに頚椎骨折となると疑問が出てきます。

 

 

2. ケガの重さは「力の勢い」で決まる

よく、ケガするかどうかを○○Gかかったから、というように加速度(≒頭部にかかる力)で表現することがありますが、これは半分正しくて半分間違っています。確かに、頭にどれだけの力がかかったか、というのは大切です。頭を平手ではたかれるのと、パイプ椅子で殴られるのとでは、首の動き方も違ってきます。

しかしながら、同じ力であっても、力がどれだけの勢いでかかったかによって、ケガの度合いは違ってきます。例えば、頭だけで逆立ちした状態で、ゆっくりと首を曲げたらどうなるでしょう。大抵の方はもちろん筋を違えますが、骨を折るところまでは行かないのではないでしょうか(当然ですが、実際にやってみることは絶対におやめください)。

一方で、あなたが椅子で居眠りしているときに、突然あなたの頭の上に、あなたと同じ体重の人が乗ったらどうなるでしょう。頚椎骨折じゃすまないダメージを負いそうですよね。

 

この違いは、力の大きさが同じでも、ケガの度合いが異なる可能性があることを示しています。前者では、首に負荷がかかることを意識できていますし、ゆっくりと体制を変えることでどれだけ首に力を入れればよいかがわかっています。首の筋肉を使って、力に抗うことができているのです。ですから、頚椎にかかる負荷は頭にかかった力よりも小さいのです。

一方の後者では、首に力を入れる前に負荷がかかってしまっていますので、すべての負荷を頚椎で受け止めてしまっています。

つまり、負荷がかかり始めてから最大負荷に至るまでに、人が首の筋肉に力を入れて備えることができるかどうか、が重要なのです。

高校物理と数学を学ばれた方なら、加速度の時間微分が重要だ、と思っていただければよいかと思います。

 

 

3. ケガをしやすいのは急加速時

こうした視点でもう一度ド・ドドンパの動きを考えてみると、やはり問題は急加速にあるように思えてきます。急加速では初っ端にいきなり最大荷重の3.5 G程度がかかります。一方の垂直ループはクロソイド曲線になっていますから、徐々に負荷を増していきます。

圧縮空気を使った発射ですから、動き始めから最大荷重までに0.1秒もかからないと思われます。例えば、音を聞いてから体を動かすまでにかかる反応時間は、一般に0.25秒程度と言われていますから、これを切ってくると、首の筋肉に力を入れることができない可能性のある、危険水準に入ってきます。ド・ドドンパの急加速では、間違いなくその危険水準にあります。(ちなみに、垂直ループの入り口でGがかかり始めてから最大Gになるまでは、0.2~0.3秒くらいだと思われますので、垂直ループが原因という可能性も完全に排除されたわけではありません。)

 

しかしながら、ここでもう1つ疑問が湧き上がります。

通常、いくらヘッドレストから頭を持ち上げていたとしても、急加速時に頭はヘッドレストに打ち付けられて止まります。背中より後ろに頭が持っていかれることは無いのです。そうなると、頚椎で荷重を支えている状況ではありませんから、タンコブはできたとしても、頚椎を骨折するとは考えにくいところがあります。

その答えはおそらく、ハーネスにあるのではないかと思います。

乗客が背もたれから身体を持ち上げている様子

このハーネスが、必ずしも身体をシートに押し付ける形で拘束できていないのです。ハーネスはラバー製で、お腹から肩にかけてを拘束する形になっていますが、これが柔らかいのか遊びがあるのか記憶がありませんが、少なくとも一部の乗客は身体をシートから離せる形になってしまっているのです。

このため、背中を背もたれから離して、かつ手でハーネスにしがみついて腕周りの筋肉を使ってハーネスに身体を押し付けている状態ですと、急加速時に頭だけが後ろに倒れ込む可能性があるのです。こうなると、頚椎に大きな負荷がかかりますので、当然ケガの恐れが出てきます。

 

4. ドドンパでは起こらない事故だった

上述の通り、乗客が肩周りのハーネスにしがみついて身体を起こさない限り、頚椎に損傷を負うことはありません。単に頭と背中をシートやヘッドレストにぶつけて痛い思いをするだけです。

実はこれ、改良前のドドンパでは起こり得ないケガなんです。というのも、旧ドドンパはハーネスが足回りだけ。太ももに乗っけたハーネスに付いた手すりを握る形でした。現在のFUJIYAMAに近い形をイメージしていただければ良いかと思います(スネ周りも押さえられて、もう少し厳重でしたが)。

この場合、身体を前に倒してしがみつくアテがありません。肩周りにハーネスが無いのです。ですから、身体を起こしていたとしても、加速時に支えることができず、身体ごとシートに打ち付けられます。頚椎にダメージはほとんどないのです。

 

ド・ドドンパでは、垂直ループ導入に対応するため、肩周りに厳重なハーネスを付けてしまいました。それに乗客がしがみついて身体を起こしたため、頭だけが急加速で持っていかれて、頚椎を損傷したと考えるのが妥当でしょう。

 

5. 悪いのは誰か

以上の考察が正しいと仮定した場合の、責任の所在を考えてみましょう。

ここで乗客を責めるのは簡単ですが、それはあまりにも酷だと思います。発射前に頭をヘッドレストにつけるよう案内はありますが、みんなで楽しみたい遊園地です。盛り上がっていて聞いていなかったのかもしれません。あるいは、あまりの恐怖に、目の前にあるハーネスにしがみついていて、頭を後ろにつけようにもつけられなかったのかもしれません。

ただ、急加速するコースターであることは周知の事実ですから、急加速時に頭を後ろにつけていないとどうなるかは、少し考えればわかることです。そこに想像力を働かせて、遊園地側からの指示に従わなかった、ということで「ちょっとだけ」悪いと思います。

 

続いて、メーカーの責任はどうでしょうか。

まず、加速の設定についてです。これは、ドドンパ時代に事故が無かった(現時点では頚椎骨折に至ったという報告はない)ことを考えれば、加速自体が悪いということではないでしょう。

むしろ、しがみつけるようなハーネスにしてしまったことが問題です。身体を持ち上げた状態で乗車すれば、頭が後ろに持っていかれて頚椎に多少なりともダメージが入ることは予知できそうです。したがって、ラバーハーネスできちんと身体をシートに押さえつけた状態で拘束できるようにしておくべきだったと思います。そもそも、ループ最下部での頚椎損傷を防ぐためにも、また、ループ頂上で停止してしまった場合の安全性の面からも、身体を持ち上げられてしまう設計はよくありません。

 

最後に、遊園地の責任はどうでしょう。

身体をシートに付け、頭をヘッドレストにつけるようアナウンスはしていました。しかしながら、それは形式的なものであって、きちんと守られるよう徹底した運用はなされていなかったように思います。

例えば、プラットフォームを出る段階で身体を持ち上げてしまっている人には注意をする。発射時も担当者がチェックをしながら発射ボタンを押しているわけですから、きちんと監視カメラ等で確認をして、身体を持ち上げている人がいたら発射を中断して注意する。そうした運用ができていなかったところには、かなり大きな責任があると思います。

エクストリームなライドには、そこそこの危険がつきまといます。ケガをさせないために、危険な箇所は徹底的に守らせるような行動が必要でしょう。ポケットの中身に対しては、かなりうるさく言われますが、それ以外の部分はかなりいい加減です。スタッフに対して、安全第一の本質を教育できていなかった。運用を決める時に、安全に運用するとはどういうことなのか、危険予知や末端までの徹底方法を理解している人がいなかった。これは完全に、企業の安全管理の問題です。

しかも、おそらく急な加減速が原因であるということがわかっていながら、富士急ハイランドはド・ドドンパを停止させるのみで、同じく急加速エレメントのある「高飛車」や、ブレーキのきつい「リサとガスパールのそらたびにっき」を停止させて安全を確認するような措置を取りませんでした。少なくともド・ドドンパを止める段階で、高飛車だけは原因調査が済むまで止めるべきだったのではないかと思います。上に述べたようにハーネスとの複合要因だった場合は、その調査をしなければなりませんし、ド・ドドンパと同じく垂直ループに近いエレメントを多数有するコースターですので。

事故が起きてもなお、「今まで大丈夫だったから安全だろう」という意識が根付いているように感じられて、かなり心配です。その意識のままだと、また別のところで思いもよらぬ事故を起こしてしまいます。

 

ちなみに、運用についてのメーカーの責任はそれほど重くないと思います。

アトラクションでアナウンスがなされているところからも、おそらくメーカーからは背もたれに背中を付けて、ヘッドレストに頭を付けて乗車するよう指示があったと思われます。

これが市販の家電であれば、誤用の可能性まで含めて安全を担保する必要がありますが、運用するのはプロの遊園地です。「不安全な状態にあれば動かさない」ことを想定するのは、メーカーの落ち度ではないと思います。特に、発射前に乗車姿勢を確認できるコースターであって、発射ボタンを押すまで乗客が正しい姿勢でいれば、その後にケガをすることは困難ですので。

 

なお、事故が垂直ループに由来するものであれば、責任の所在は大きく変わってきます。

遊園地側の問題点は、最初のケガが発覚したあと、すぐに運営を停止しなかったことくらい。

原因を作ったのは、設計か、もしくは施工です。もともと垂直タワーがあって、直線区間があまり取れない箇所に、無理に垂直ループを作ったために無茶な設計になったか、あるいはレールの曲げやレール接続の精度が甘かったか。前者は、もちろん富士急からの要望があったと思いますが、それでも設計として危ないのであれば、それをそのまま製品として上げてはいけません。

これらとハーネスとの複合要因の可能性もありますが、いずれにせよハーネスもド・ドドンパへの改装にあたってライドごと作り直しているわけですから、やはりメーカー・施工社の責任は大きくなってくると思います。

 

6. 乗客ができること

ただ、乗客としてもやはり自衛をするに越したことはありません。すべての遊園地がきちんと運用できるとは到底思えませんので。

富士急だから高いレベルの安全管理が求められますが、場末の遊園地にそのレベルを求めるのは酷です。

我々自身も、きちんと対策をしておく必要があります。

 

基本的には、ライド周りや待ち列に書いてある注意事項、アナウンスされている事項を守るだけです。これらはメーカーが指定した、計算上はこれやっておけばケガをしないよ、という内容です。

正しい姿勢で乗車できていれば、ケガに至ることはまずありません(不具合や事故、突発的な急ブレーキの場合を除いて)。

急加速するコースターでは、きちんと背もたれに頭と背中を付ける。椅子には深く腰掛ける。安全バーは止まるまで下げる。こうしたことを守るだけで、安全に乗車することができます。ヘッドレストに頭をつけるのは、急ブレーキ対策でもありますから、ヘッドレストのあるコースターでは必ず守るようにしましょう。

ちなみに、安全バーや手すりに掴まるときは、身体をシートに押さえつけるように力を入れましょう。ついついバーを逆手で握って、身体をバーの方に引き寄せるような力をかけてしまいがちですが、順手で握って、腕を突っ張るように(だけど肘は伸ばしきらずに)力をかけるのが正しい乗り方です。こうすることで、急ブレーキ時に頭をどこかにぶつける可能性も下がります。

そしてメーカーには、できるだけ遵守事項が少なく済むような設計と、わかりやすい説明をお願いしたいところです。